舞神楽を通じて感じたYOSAKOIソーラン祭りー後編

 

2日目がスタート〜運命の瞬間

初日あれほど疲れていたのに、夜遅くまで楽しく飲んで食べてしまったために若干の二日酔いのまま、朝の集合場所へ。ストレッチと簡単なミーティングを行う。その後、2日目最初の新琴似会場へ地下鉄で向かう。混み合う地下鉄にさらに100名近いメンバーが乗るので車内は大混雑。ちなみにこの日は移動が多いので、旗や纏、太鼓といった小道具はレンタカーで別に運搬することになっていた。

会場に到着して道具の準備を行う。ここではパレードの3回連続演舞だ。快晴の空から太陽がぎらぎらと照りつける。地方車が準備され、いよいよ舞神楽の出番がやってきた。お客さんは道路の両側にまさにすずなり。千葉からやってきた僕らの演舞をどのように受け止めてくれるのか、ちょっぴり心配だったが踊りが始まると大きな笑顔と歓声、手拍子の嵐だった。僕もおもわず会場のお客さんに手を振って会話を交わす。「暑いですねえ」「本当ですね。千葉より暑いですよ〜(笑)」てな具合に。

 

 

3本のパレードを終わると、団長がみんなを集合させた。そう、この時間にファイナル進出の結果が電話で連絡されるのだ。

メンバーが静まりかえる中、団長が口を開いた。

「お疲れさんです。それでは結果を発表します。皆さんを支え続けてくれた人たちのおかげで、夢が叶いました!」

全員が歓喜の叫び声を上げた。誰彼ともなく抱き合い、手を握りあい、涙を流した。

僕も感激が押さえられなかった。他のチームからほんのちょっとお邪魔させてもらった僕が、こんなに感動するとは。自分の周りの人、みんなと、握手をし、ハグし合った。「おめでとう、ありがとう」何度も何度も繰り返した。

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舞神楽の予選ブロックは、ファイナル進出の常連揃いの厳しいブロックだった。その中からのトップ通過だ。しかも2年連続の。これを快挙と言わずなんといおう。

ひとしきりの感激がおさまると、徐々にみんなの思いが一つになってきた。「こうなったらてっぺん目指してやろう!」

 

午後の演舞で再びトラブル

次の篠路ホーマック会場へは送迎バスで移動した。またしても時間が押して到着したときは順番が次だった。これは旗の準備が間に合わないなあと思いつつ一度はあきらめかけたのだが、とにかく運搬車から下ろして会場に運び、組み立てる。何とか間に合ったのだが、今度は音響がトラブル。曲が途中で何度もストップしてしまう。それでも踊り子達はカウントで踊り続けたのだが、司会の方が気を遣ってくださり、最初から踊り直すことに。今度は無事に最後まで踊りきることができた。

再びバスと地下鉄で次の会場〜札幌駅南口広場会場へ移動し、最後のレギュラー演舞を行った。

残すはファイナルパレードとステージだ。

 

ファイナルパレード

ファイナルの前に1時間ほど空き時間ができたので、みんな思い思いに過ごす。部屋で一休みする人、食事に行く人、道具を調整する人。決戦前の静かな時間だ。僕は若干の頭痛を吹き払うために薬局で頭痛薬を買い、コンビニで遅めの昼飯を買い、ホテルの部屋で食べた。衣装やメイクを直し不要なものはすべて部屋に置いて決戦の場所へ向かう。

ファイナルパレードは大通り南コースにて行われる。3回連続演舞の2回目が審査だ。9番目の順番を待つ間に簡単なミーティング。プロデューサーの元先生から「楽しんで、舞神楽ライブを見せましょう!」という言葉をいただく。僕は旗を運ぶ係だが入念な打ち合わせをもう一度行う。そして、全員で円陣を組み、気合いを入れる。旗士だけでも集まりもう一度円陣を組む。

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順番が来て、コースに入る。空はすでに夕暮れ。地方車が入ってくる。みんなのテンションが一気に上がる。時間短縮のために、MCは短めですぐに演舞がスタート。両脇の沿道や桟敷席は超満員のお客さん。舞神楽の演舞を食い入るように見つめる。そしてやがて、どの会場でもそうだったが手拍子を打ち、笑顔になっていく。

1回目の演舞の最後に曲が終わろうとしているにもかかわらず、エンドラインから踊り子が大きくはみ出していた。僕らサポート隊が「進んで!ラインに入って!」と、持っていた旗の束でなかば押し込むように、みんなをエンドライン内に入れた。

2回目が審査演舞。みんなのテンションは最高潮。お客さんの反応もいい。しかし最後のラインにはまたしてもはみ出しそうになった。なんとかかんとかみんな滑り込んだが、どうも決まり悪かった。

3回目の演舞も終了し、どうもその事が気になったが、元先生は「気にしなくていいです。ステージで取り返しましょう」と励ましてくれた。

 

ファイナルステージ

前編プロローグより続く

光のステージに飛び出した僕らは所定の位置について演舞スタート。僕は旗をほぐして旗士がすぐに交換して振れるように準備。曲にあわせて思わず声が出る。「しょ、しょ、しょじょじ!」

僕はステージ後方でスタンバイしたために、前方はほとんど見えなかったが、大旗が光に照らされてとても美しかった。

曲が進み、自分の出番が近づく、「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー!」

5色の小旗が一斉に空に舞う。

いけない!若干テンポが狂い、隣のママの旗との同期がずれる。

「落ち着け、大丈夫。楽しもう!」と自分に言い聞かせて振り続けた。何とか持ち直して後半は同期がとれた(と思う)。

「我が人生!悔いなし!」の台詞で演舞が終わるのだが、内心は序盤にちょっとずれた自分の旗に、おおいに「悔いがあった」(汗)

ステージを降りて集合場所へ戻った。 やるべきことはやった。

 

エピローグ

ファイナルステージの全演舞が終わり、いよいよ発表だ。

大賞は「粋〜IKI〜北海学園大学」、準大賞は「平岸天神」「北海道大学 ”縁”」と発表された。

悔しかった。涙をうかべるものもいた。でも、現実は厳しかった。

あと、もう一回踊りたかった。

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すべての演舞が終了して、打ち上げ会場へ向かう。

僕は元先生や団長、作曲や衣装の先生と同席をさせていただいた。団長や先生からの挨拶の後、副団長の音頭で乾杯。会場を埋め尽くすメンバーの誰彼ともなくグラスを合わせ乾杯をした。

そして、ほどなく「舞神楽からのお礼の時間」がやってきた。団長や先生にメンバーの言葉とともに感謝の記念品が贈られた。そしてなんと僕までが名前を呼ばれて、記念品をいただくことになった。コメントを求められて僕は「この2日間は短かったですが、一生忘れることはありません。ありがとうございました。」と挨拶をした。

 

僕は舞ちはらのメンバーとして、自分と自分のチームのためにサポート隊としてこの札幌に参加した。しかし、元先生のはからいで微力ながら旗を担当させていただくことになった。普通は何ヶ月も練習を重ねてやっとステージに立つのだが、僕のようなものが、札幌のしかもよりによってファイナルステージに立っていいのかという葛藤が自分の中で最後まであった。

しかし、ファイナルが決まったときの団長の「各個人個人が自分の役割をきちんと果たしたからこそ、つかんだ結果なんだ」という言葉に少しホッとした。旗士としてステージに出ることが決まってから、舞神楽の日曜練習にはできる限り参加し、また、自分のチームの旗士にも特訓をしてもらった。演舞中はメガネがだめということでコンタクトレンズも入れた。サポート隊としても旗士の演舞がスムーズにできるように、自分なりに精一杯のことはやった。

それが少しでも今回の結果に貢献できたのなら幸せだ。

舞神楽の団長を始め、元先生、旗士のみんな、纏隊のみんな、踊り子のみなさん、サポート隊のみなさん。本当にお世話になりました。僕の人生に忘れられない経験をありがとうございました。

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“舞神楽を通じて感じたYOSAKOIソーラン祭りー後編” への2件の返信

  1. 全編、一気に読ませていただきました。
    涙が出て来ました。
    本当にお世話になりました。
    私たちは踊ることに必死で旗を見る余裕がありません。
    でも、旗士さんたちが一生懸命だったこと、伝わって来ました。
    ありがとうございました。
    札幌での戦いは終わりました。
    でも、あの光の大舞台でもう1回踊りたかったですよね。

  2. 一緒にソーランに行けて嬉しかったです!!
    いつもちょっぴり失礼な事言ったりして申し訳ありませんでした(^_^;

    お互い俄か旗士でしたが、あのステージで旗が振れた事一生忘れません(^o^)本当にありがとうございました!

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