生きて生きて

久しぶりの投稿となる。
2018年が最後の投稿だったから、もう3年ちょいたってしまった。それから、いろいろ変わった。

2019に思い立って、ずっと憧れだった、大型2輪免許を取って、二十数年ぶりのリターンライダーとなった。その年の夏に、ずっと行ってみたかったベトナムに旅行にも行った。

2020から、全世界が未曾有のパンデミックに襲われた。海外への旅行はほぼ不可能になり、人々は感染の恐怖におびえてマスクをして手を洗い、ワクチンを打ち、あらゆる所を消毒して、換気して、他人との距離を空けるようになった。日常だった出張や顔をつきあわせるつまらない会議は消え失せ、オンライン会議に取って代わった。仕事のあとの一杯、忘年会、新年会という文化が消えた。この年に娘が嫁いでいった。小さいながらも結婚式も執り行えて、めでたし。50肩に襲われ、高血圧の薬を常用し、顔面けいれんに悩みながらも何とかやってきた。16年続けてきたよさこいもこの年に区切りを付けた。チームメンバーが激減した上にパンデミックで活動もほぼできなくなった。残念だった。寂しい。

2021になって職場が変わった。新たな仕事には未だに慣れない。戸惑うことばかり。でも、仕事があるのはありがたい。早期退職制度で古い仲間達が去って行った。もう終わるだろうと思われたコロナもまだまだ続いている。

そして2022。還暦を迎える年。現役最後の年。納車を半年待って新たな車を購入。アウトドアの趣味も見つけた。そんな今、世界では新たな戦争が始まった。この21世紀に、領土拡大のためだけに、罪もなく武器ももたない人を殺せる人間がいるとは信じがたい。

ちばよさこいお披露目&練習会

昨日5/29はちばよさこいお披露目&練習会だった。

舞ちはらはこの日のために、約3ヶ月間を費やしてきた。昨年までのメンバーの何人かはチームを去り、新たに何人かが舞ちはらに加わってくれた。数年前に一度チームを離れたメンバーも戻ってきてくれた。演舞の演出を手伝ってくれるメンバーも入ってくれた。

そして、振り付けをしてくれる先生が変わった。5年ぶりの新しい振り付けスタイルにメンバーも振付師本人も最初は戸惑ったが、少しずつなれていった。

メンバーのキッズたちも成長し、もはやかつてのファミリーチームのスタイルではなくなった。スピードと力強さが加わった。

2016年は変化の年。今までとは違う、新たな感動を見る人に届けたい。

今年のテーマは「祝〜めでた、めでたのおめでたや!」

僕らをズーッと応援しくれているご夫婦のお子さん誕生をお祝いしたい、という想いで作った演舞だ。

さて、お披露目会の3日前くらいからなんか緊張して、よく眠れないメンバーもいたそうだ。

最初のパレード演舞はその緊張がみんなの顔に出まくりで、表情は硬かった。僕のMCもかみまくり、マイクはハウるし、決して満足いくものではなかった。でも、このパレードも練習初めて3回くらいしか通して練習できてない。まだまだ練習不足だな。

そしてステージ演舞。審査はないんだけど、ちばよさのファイナルのような気持ちでのぞんだ。踊りきった。何とか今の時点の全力は出せたんじゃないかな。

さあ、今年もスタートしたぞ。

「銀の翼ではばたいて、空へ、高く、そら、舞いあがれ!」


終わりは始まり

昨日は黒潮よさこいだった。

舞ちはらの今年最後の審査演舞。

想いを込めて作った演舞曲「生きる力」の実質最後の演舞だ。

大好きな銚子の街、ここで踊れるだけで嬉しかった事もあった。でも、今の舞ちはらにとってはそれだけでは満足できない。ファイナルに残ることが至上命題だ。

今年は、木更津舞尊に出られず、鎌ヶ谷がなくなり、千葉よさの審査も天候によるアクシデントでなくなったため、実質的に大江戸と小見川、そしてこの黒潮の3回だけが審査となり、少ないチャンスにすべてをかけることになった。

自分たちで思いつく限りの工夫を重ね、前日まで繰り返し練習をしてきたのだが、結果は惨敗。ファイナルに残ることはできなかった。

舞ちはらは決してベストの状況ではなかった。肩の脱臼を押して踊った者、練習中の足の捻挫を大丈夫と言って踊った者、膝の靭帯を損傷してるのに無理やり治して大旗を振った者。受験を控えているのにがんばった者。そして受験のためにどうしてもおどれず、ファイナル進出発表をチームメイトのLINE中継で聞いていた者。黒潮を最後にチームを休会する者…..様々な事情や想いを抱えて臨んだ黒潮よさこい。力の限りは尽くした。苦しみながらも舞ちはらの演舞はチームとしては今年一番のできだったはずだ。それでもかなわないなら悔いはない….

けれど悔しい。メンバーに楽しい思い出をあげたかった。応援してくれる人に良い報告をしたかった。そして、天国の友人に胸を張ってつたえたかった。

よさこいは甘くないな。人生と同じで良いときも悪いときある。

よさこいって何だろう。何度も何度ももう続けられないと思った。実際、今年は仕事の関係で練習にいけないことが増えた。練習に行けないことがメンバーに示しがつかないと自分を責めて苦しくなった。そんな僕をフォローしてくれたメンバーに涙が出た。

メンバーも誰しも仕事がある、学校がある、生活がある。それでも踊る。踊ることで生きている実感を得られるから。踊ることによって人と人との絆を深めることができるから。踊ることで「感動」の意味が実感できるから。だからどんなにつらくてもよさこいを続けるんだ。

今年は終わりだが、次が始まる。

唄恋ソーラン祭り〜UNREAL PROJECTに参加して

今日はZEPP東京DAIBA Cityで行われた、UNREAL PROJECTの「唄恋ソーラン祭り」イベントに”踊り子”として参加してきた。

REDA舞神楽の振付師、元先生から、このイベントに出ないかと言われてから4ヶ月、平日のイベントということもあり、参加者は少ないかと思ったが意外に舞ちはらのメンバーも多数出演を決め、1ヶ月前から自分達のオリジナル演舞とは別に練習をしてきた。

一時は振り落としも進まず、情報も曖昧だし変更もたくさんあって、正直どうなるのか不安だった。徐々に全貌が見えてきて、合同練習が始まりアンリアルの生歌「空に向かって」を聞いた時、本当に涙が出そうなくらい感動した。彼らの歌に対する思いや姿勢に強く心を打たれた。

正直、僕なんぞの踊りは、お客様からお金をいただいて見せるもんじゃないのかも知れないが、アンリアルの歌とよさこい3チームの踊り子と一緒に踊り、元先生に演出されることによって、魔法のように、ひとつの作品となったようだ。

こんな経験はおそらくもう当分できないかもしれない。貴重な経験だった。

来ていただいたお客様に、そしてアンリアルのメンバーとスタッフ、よさこい3チームのみんな、そして、元先生と勝くんに心より感謝します。

生きる力

真夏の南房総、まほろば夢楽祭りで舞ちはらは2015年の新曲「生きる力」を初披露した。

構想から約8カ月、この曲には今までにはない思い入れを込めて作り上げてきた。

舞ちはらを昔から応援してくれた友人が重い病に倒れ、彼をなんとか励まそうとこの曲を作りはじめた。彼は舞ちはらの初期から、いつも「舞ちはらいいよ〜」と、僕らの写真をたくさん撮ってくれた。色々なイベント会場に足を運んでくれて、カメラを構えながらとびきりの笑顔で応援してくれた。そんな彼は今年3月に眠るように亡くなった。舞ちはらの新曲も見てもらうこともできなかった。

悲しみと悔しさがひとしきり通りすぎた時、ふと彼の声が頭に聞こえた。

「舞ちはらいいよ〜」

そうだ、僕はこの曲で彼を励まそうなんて思っていたけど、励まされていたのは僕だったんだ。演舞を作っていく中で困難や苦労もたくさんあった。年々仕事が忙しくなって、練習も休みがちになったけど、彼にがっかりされるような演舞はしたくない、そう思って努力してきた。

初めてのパレード演舞を踊る前、僕は天国の彼に言った。

「彼がいなかったら今の舞ちはらはなかったし、この演舞も出来なかったと思います。ありがとう。」

彼からもらった「生きる力」をたくさんの人に伝えていきたいと思う。

http://youtu.be/aM31DtQcYG0